江戸箒老舗 白木屋中村伝兵衛商店 中村悟

京橋にゆかりのある人に、街の魅力を語っていただくインタビュー。今回は「江戸箒老舗 白木屋中村傳兵衛商店」7代目当主 中村悟さんにお話をうかがいました。

京橋で商いをするのは「擬宝珠内」の誇り

江戸箒老舗 白木屋中村伝兵衛商店 中村悟

--「江戸箒老舗 白木屋中村傳兵衛商店」は、創業以来ずっと京橋で店舗を構えていらっしゃるのでしょうか。

中村さん

「1830年の創業時は銀座で畳表の問屋を営んでいましたが、やがて箒を作るようになって幕末に京橋に移転してきました。当時このあたりは職人の街で、竹を積荷した“竹河岸”と呼ばれており、箒にも竹を使いますので、ちょうどよかったんですね。

また、このあたりは“擬宝珠内(ぎぼしうち)”と言って…“擬宝珠”というのは橋の欄干についている、丸くて先の尖っている飾りですが、これは江戸時代に幕府が直轄でかけた橋にしかなく、いわゆるお膝元、江戸の中心を示すものでした。この擬宝珠がついているのは、日本橋と京橋と、新橋の一部にしかない。だから当時の人は“擬宝珠内”で商売をしているということが、何よりの誇り。我が家の4代目の爺さんも、銀座ではなく京橋に土地を買えたので、嬉しかったと思いますよ。今となっては、銀座のままでも面白かったと思いますけれどね(笑)。

“擬宝珠内”の精神は今でも残っていて、大先輩方は今でもよく『ここは擬宝珠内だから』と口にしています。今年の春に写真家の浅田政志さんが京橋のギャラリーで、京橋の人を写してその人のエピソードと共に展示したのですが、その展覧会のタイトルも『ぎぼしうちに生まれまして。』でした。」

再開発で変化する街。オフィスワーカーが増えてきた

江戸箒老舗 白木屋中村伝兵衛商店 中村悟

--中村さんご自身も、京橋で生まれ育ったのですよね。

中村さん

「そうですね。私は結婚する28歳まで、両親はつい4年ほど前までここに住んでいました。私が子どものころは、ここは下町でね。住んでいる人もそれなりにいました。公園がなかったので、デパートの屋上なんかが遊び場でした。

それが高度経済成長、バブル期とどんどん街が開発されていって、だいぶ様変わりしました。町工場がなくなってビルになって、住む人がだんだんと減っていきました。私が通っていた小学校は廃校になって、区営の高級アパートになっています。残っているのは、ここにいなくちゃいけない人、商売をやっている人ばかり。それも、家はみんなビルになって、1階が店舗で、他の階は貸して、最上階に住む、という人。このあたりは税金が高いから、商売をしないと家を維持できない、という実情があります。」

江戸箒老舗 白木屋中村伝兵衛商店 中村悟

--最近も八重洲付近で再開発がありましたが、街の景色は変わりましたか。

中村さん

「京橋は私が子どものころは、銀行や金融関係の企業ばかりが集まる、つまらない街でね(笑)。それが大規模開発で商業ビルが建ち、いろいろなお店が入ってきた。最近は、京橋を歩く人の中に、首からこう、ビルの入館証みたいなのを下げているオフィスワーカーが増えました。大きなビルの中で働いているということですよね。そういう人たちは、平日は駅から会社まで真っ直ぐ行っちゃうから、あまり地域のことを知らない人が多いのかな。
休日はその逆で、遠方から京橋を訪れる人が増えましたよ。うちも土日はお休みだったけど、わざわざうちを目指して来てくださるお客様が増えたので土曜日は営業するようになりました。
あ、でも平日の昼休みは、会社員の女性客が増えたかな。箒の匂いが落ち着くみたいで。ちょっとした癒やしスポットになっているのかもね(笑)。

京橋は、にぎやかな日本橋や銀座の間にあって、ちょうどクッション的な、面白い街になっているのかな。日本橋や銀座ほどビルの家賃も高くないし、下町で人ものんびりしていて気兼ねがないし、優しい街ですよ。」

こじんまりしたお店が路地にある街

--古くからあるお店も多いですね。

中村さん

「いわゆるチェーン店じゃない、個人でやっているお店が多くありますね。ガチガチの商業地域ではない分、ホッとするようなこじんまりしたお店が路地にある。そういう小さなお店が再開発で一つにビルにまとまっていくと、特徴のない街になってしまう可能性もありますね。
ただ、新たに京橋に入ってくるお店は、それなりに考えて京橋を選んでくれている。『てんぷら 深町』(取材記事)さんとか。銀座じゃなくて京橋を選んでくれたのには、それなりの考えがあってのことだと思っています。」

--長く京橋にいる中村さんの、オススメのお店を教えていただけますか。

中村さん

「お店に来るお客様にもよく聞かれますね。洋食なら『サカキ』(取材記事)かな。フレンチだけどボリュームがあって、ランチタイムは行列ですね。あとは、私はあまり行かないけれど、アジフライで有名な『京ばし松輪』(取材記事)も人気だね。中華料理の『雪園』(取材記事)さんは、よく行くお店です。比較論ではあるけれど、日本橋や銀座と比べると京橋は飲食店も2~3割安い印象がありますね。」

オフィスワーカーとの交流を広げていきたい

江戸箒老舗 白木屋中村伝兵衛商店 中村悟

--京橋はお祭りも有名ですね。

中村さん

「このあたりは日本三大祭の一つ、日枝神社の『山王祭』があります。その中でも「神幸祭」の際は烏帽子装束を着て街を練り歩く。6月の暑い時期に、朝の8時から夕方の5時まで丸一日ずっと歩くから、それは大変ですよ!でも、お祭りはコミュニティの柱ですね。ただ町会は住民が増えないし、高齢化が進んできています。京橋にオフィスがある企業は町会に参加してくれているところもあるけれど、そういう人たちに色々お願いしてもいいものか?よくわからないし…。でも積極的に参加してもらえるなら、お祭りなど珍しい体験ができるので、ぜひ関わってきて欲しいと思っています。」

--これからの京橋に望むことはありますか。

中村さん

「本来はアットホームな下町なので、住みたい人は住み続けられるようにして欲しいと思いますね。地元住民としては、オフィスで働く人達ともっと交流したいかな。京橋エドグランで開催している盆踊りなどが良いキッカケになって欲しい。オフィスや店舗の場所に京橋を選んでくれたのだから、応援したいという気持ちがあります。そうして、『京橋っていいところだな』と思ってもらえれば…って、私もこういうことを言う年代になっちゃったなあ(笑)。」