Kyobashi TIMES

居心地の良さがあるビジネス街　　

うちの店（枡久）は安政2年（1855年・幕末期）から商売をしています。ここにお嫁に来てから64年間、ずっと店と家を切り盛りしてきました。うちは、お客様が冷蔵庫から好きなお酒を、そして棚からはおつまみを手に取っていただき、お好みに合わせて飲んでいただく、というスタイルです。
ずっとここにいるから、ほかの街のことはよく知らないのですが、京橋にいらっしゃる方、働いている方はおだやかで安心できる方が多いと感じます。やはりそれは街の力というのもあるのでしょうね。10年ほど前までは、上司と一緒に来た20代の方が、年上の方が飲む姿を見て、お酒とのつきあい方を”見て学ぶ”というような文化が継承される姿を見かけました。女性おひとりのお客様もたまにいらっしゃるんですよ。今でも覚えているのは20年くらい前に、髪が長くハイヒールを履いたハッとするほどの美女がおひとりで入ってきて、日本酒をスッと飲んで……絵のように美しい風景でしたよ。あれは忘れられない風景でしたね。
京橋ならではの魅力というのは、ビジネス街でありながら、温かみがあることでしょうね。ここで暮らしている方も多いですから。お客様の中には、何十年と来ていらっしゃる方も少なくありません。先日、地方赴任からお戻りになられた方が「京橋はビジネス街なんだけど、セカセカしていない、独自の居心地の良さがあるよね。この”よい加減”の雰囲気にくつろぐ」とおっしゃっていて、なるほど、と納得しました。

京橋は都会のオアシス

私は戦後の復興期からずっとこの街にいまして、さまざまな移り変わりを見てきました。京橋は東京駅からも近く、地下鉄も通っており、とても便利な場所です。ですから、空襲の焼け跡が目立ち、空き地も多かった街が、ビジネス街として瞬く間に変わっていきました。大企業の本社も多いですからね、そのせいもあって銀座や日本橋よりも復興が早かったように感じます。
お嫁に来たころは、いわゆるビルといえる建物は、明治屋さんと他に数軒しかなくて、ほかはせいぜい2階建てでした。戦前から戦後まもなくにかけての京橋はお商売をしている人が多く、１階は店舗で、2階は住まいという建物が一般的だったんです。それが、たちまちビルに変わっていきました。うちも昭和33年（1958年）にビルにしたのですが、京橋界隈でも一番早かったんじゃないかしら。この街は伝統がありながらも、変化を柔軟に受け入れるようなところがありますから。そこも居心地がいいのかもしれませんね。ビジネス街でありながら、人の生活が共存している独自の街だと感じることもあります。ちょっと都会のオアシスというか、ホッとするような”何か”があると思う人が多いのも納得します。

北大路魯山人が京橋に店!? 京橋の歴史を、独自に調べる楽しみも

教養があるお客様が多くて、日々学ぶことが多いですね。ずっとお店をやっていますが、毎日新しい発見があります。
例えば、芸術家であり美食家で知られた北大路魯山人。なんと彼は大正時代に『星岡茶寮』の前身とも言われる『美食倶楽部』を京橋に開いていたそうです。これを耳にしてから京橋図書館で古地図などを見せてもらって調べています。（※旧京橋区南傳馬町『大雅堂藝術店』の2階（現在は魯卿あん）にありました。）
地図といえば、数年前、私の母の荷物から手帳が出てきたんです。そこには克明に銀座から京橋界隈の街の様子が書いてありました。パン屋さん、金物屋さん……屋号も記してあり、おそらく大正時代、関東大震災の頃の街並みとあたりを付けました。なぜ母はこれを書いたのか、当時の様子を知るべくまた図書館へ。京橋は歴史のある街ですから、資料が残っており、時代ごとの変遷を見ていくのもおもしろいです。
ちょっと裏通りに入るとまだ歴史の息遣いが残っているのも京橋の魅力。和菓子屋さん、小唄や踊りのお師匠さんもお住まいですからね。ビジネス街だと思って歩いていたら三味線の音色が……という経験ができるのも京橋ならではだと思います。

『枡久』おかみ からのメッセージ

京橋はホッとできて居心地がいい街だと思います。
そしてこの街にいる多くの人はとてもおだやか。
よくお客様から「枡久の前を通りかかって気になったんだけれど、なかなか中に入れなくてね」というお声をいただきます。
でも、入ってみると気さくな方が好きなようにお酒を楽しむお店です。
お仕事などで京橋にいらっしゃって、うちに興味を覚えてくださったら、ぜひいらっしゃってください。